のりとはさみ

サッカーや本が好きな大学生の日記です。

大学3年の3週間

5月2日。

1時から4時すぎくらいまでサークルの人とZoomで話した。Zoomはやっぱり難しい。操作が難しいというより、オンライン上でのミーティングそのものが難しい。これをやるたびに緊張して口の中がカラカラになる。話したこと自体は楽しかった。毎日じゃなくていいから週1くらいで話したいものだ。

 

4時すぎから6時半までは寝た。気絶してしまった。多分疲れがどっと出たのだろう。身体の疲労を癒やすため、ゴールデンウィークは食材の買い出しとアルバイト以外の目的で外出しないと決めた*1

 

前回の文章にも書いたことだが、私は大学3年になってから、司書資格取得を目指して司書課程の授業を受け始めた。3年から始めるのはとても大変だ、というのは司書課程を担当されている先生と面談した際に何度も言われた。3週間やってみた結果、とても大変な時間割だとはっきりわかった 

2021年度の授業が始まってからの3週間は本当に忙しかった。大学3年になっても毎日3コマ以上の授業を受けている自分の姿を、1年のときの私は絶対に想像しなかった。生活費を稼ぐために5限終わりにアルバイトに行っているので、平日はほとんど息をつく暇がない。昼休みに人の来ない場所で休んでいる時間がこれほど愛おしいものに感じられるとは! 2年までの私が持っていた時間的余裕、そしてそれを活用しなかったという事実を痛感した。

 

それでも、忙しいなかにやっと大学生活の充実を確かに体感していた。

今年度が始まって以降、文学部の授業ばかり受講していた1年次や受講者の顔がわからないオンライン授業を受講していた2年次には出会わなかった学生に会うことができたから。

司書課程の授業には文学部以外の学生もちらほらいるし、社会学部と経営学部の授業には文学部生とは性質の異なる学生がたくさんいて、大学には(それなりのバイアスが存在するとはいえ)多彩な人間がいるものだという当たり前の事実をやっと受け入れられるようになった。授業中に自撮りしてインスタグラムにアップしている学生も、外のベンチでピクニックみたいにして食べている学生グループも、コロナ禍だというのに夕方正門前に集合して居酒屋へと赴くどっかのサークルも、見ている分にはそれなりに愉快なものだった。

 

私がこんなに寂しがりな人間だったとは、これまで気付かなかった。友人と同じ授業を隣どうしで受講するときの妙な高揚も、昼食を食べ忘れても平気なくらいに談笑を楽しんでいるときの不思議な満足感も、教授が私に向かって話しているのだと感じ取れるときの緊張も、あらゆる感覚が心地よくて新鮮だった。お互いに名前の知らない中国人留学生とキャンパス内で幾度か会って時々四方山話に花を咲かせたこともあったし、私が誤って2冊買ってしまった本を友人にあげたこともあった。大騒ぎしなくていいから、私は誰かと時間を共有したかったのだと気付いた。あー、寂しい。寂しい。

 

東京都への緊急事態宣言発令を受けて、私の大学はふたたび全面的なオンライン授業体制へと移行した。次にキャンパス内で友人と会うのは1か月後か、それ以降のことだろう。ひとり自分のパソコンとにらめっこする大学生活が再開されてしまった。そんな生活で私にできる最大限の努力とは、健康であり続けようと努めることだけなのだ。

 

最後に、私の友人がこの文章を読んでいるかは知らないが、とりあえず。

また会いましょう。それまではどうぞお元気で。

*1:この記事は2日にアップする予定でしたが、怠惰ゆえに書き終わりませんでした。反省。